時系列 RNA-Seq 実験

遺伝子発現量を時系列的に定量することにより、遺伝子機能と生物学的なプロセスの関係を明らかにすることができる。時系列で遺伝子発現量を観測する実験には、大きく 3 つのタイプに分けることができる(Bar-Joseph et al., 2012)。それぞれの実験タイプは、目的が異なるために、サンプリング間隔や観測される遺伝子発現量の変化パターンが異なる。

実験タイプ遺伝子発現量の特徴サンプリング間隔
シグナル応答プロセス 細胞がストレスを受けると、一部の遺伝子(発現変動遺伝子)は、発現量を変化させてそのストレスに応答しようとする。これらの発現変動遺伝子のほとんどは、ストレスを受けた直後から数時間の間で、発現量を大きく増加あるいは減少させて、ストレスに応答する。ストレスを受けてからしばらく時間が経つと、元の発現量に戻ることが特徴的である。これに対して、発現変動遺伝子の中には、ストレスを受けた後に、発現量を変化させて、変化した発現量を維持したままのものもある。 ストレスに応答する発現変動遺伝子のほとんどは、ストレスを受けた直後に、発現量を変化させてからすぐに元の発現量に戻している。そのため、ストレス応答遺伝子の発現量の変化を調べるには、ストレスを受けた直後の初期段階で、短い間隔で多くの時点でサンプリングするのが望ましい。その一方で、ストレスを受けて発現量が完全に変わった少数の遺伝子の発現量の変化を調べるために、ストレスを受けてしばらく経った後期でも、数回サンプリングする必要がある。例えば、0 時間(対照実験)、1 hr、2 hr、4 hr、8 hr、12 hr、24 hr、48 hr などのようにサンプリング間隔を徐々に広げるようにする。
発生プロセス 生物の発生は、ある一つの発生段階から別の発生段階にシフトすることである。二つの発生段階において、当然、異なる遺伝子が使われる。また、各発生段階における細胞の性質も異なっている。そのため、発生プロセスを調べる実験では、実質、異なる細胞のタイプを調べることになっている。観察される遺伝子発現量の変化パターンは、各発生段階で特異的に増加が見られるのが特徴的である。 生物の発生段階において、形態的に変化が現れた時点でサンプリングを行う。とくに、発生の初期段階では、形態的な変化が速いために、短い間隔で複数の時点でサンプリングするのが望ましい。また、発生がほぼ終了した後期には、サンプリング間隔を長めにとる。
周期性プロセス 細胞周期あるいはサーカディアンリズムに関わる遺伝子の発現量の変化パターンを調べることで、遺伝子発現量の変化に周期性が見られる。すべての遺伝子の周期が必ずしも、同調しないが、同じ間隔で、同じような遺伝子発現量の増減パターンが見られるのが特徴的である。 周期性を調べるのが目的であるため、等間隔でサンプリングするのが望ましい。また、サンプリングは、複数の周期を含むようにするのが望ましい。

限られた予算のなかで、複製(replicate)数を増やすか、サンプリング時点数を増やすかについては、その実験目的に基づいて考える必要がある。異なる時点において、発現量の異なる遺伝子(発現変動遺伝子)を検出するのが目的であれば、replicate を増やすのが望ましい。しかし、遺伝子発現量の変化パターンなどを調べるのが目的であれば、replicate の数よりも、サンプリング時点数を多くするのが望ましい。しかし、シーケンシングコストが下がっている今では、時系列実験についても各時点で最低 3 replicate をつけるのが望ましい。一部のジャーナルでは、replicate のない解析結果を受け付けないことも知られている。

References

  • Bar-Joseph Z, Gitter A, Simon I. Studying and modelling dynamic biological processes using time-series gene expression data. Nat Rev Genet. 2012, 13(8):552-64. DOI: 10.1038/nrg3244 PMID: 22805708